1975年、一頭の怪物が映画界の地平を揺るがした。いや、怪獣ではない。巨大ロボットでもない。体長わずか数センチメートル、暗闇から蠢き出る黒光りした漆黒の生命体——そう、「ゴキブリ」である。
映画『燃える昆虫軍団』(原題:BUG)。
このタイトルを聞いて、現代の洗練された映画ファンなら誰もが鼻で笑うかもしれない。「どうせ70年代特有のB級パニック映画だろう」「はいはい、B級映画お決まりの特撮雑劇ね」と。だが、断言しよう。その油断こそが、命取りなのだ!
本作は単なる「昆虫パニック映画」というチープな枠組など遥かに超越している。前半は地球の地殻変動が引き起こす怒涛の自然災害&モンスター・パニック、中盤からは突如として人間の正気と狂気の境界線を踏みにじる狂気のマッドサイエンティスト悲劇へシフトし、そして終盤に至っては、もはや言語を絶した「準シュルレアリスム的・超次元の昆虫哲学ホラー」へと変貌を遂げる。
映画史上に残る「怪作」であり「超格闘巨編」——それが『燃える昆虫軍団』なのだ!
第1章:B映画界の巨星ウィリアム・キャッスル、最後の遺言
まずは本作を語る上で絶対に避けて通れない、伝説の映画プロデューサーの存在に光を当てなければならない。その男の名は、ウィリアム・キャッスル。
50年代から60年代にかけて、『タタリ』や『ホーンテッド・ヒルのハウス』など、数々の伝説的ギミック映画で全米の映画館を熱狂と爆笑の渦に叩き込んできた「ギミックの帝王」である。観客の座席に電気ショック装置を仕掛けたり(『電気ショック』)、劇場内に骸骨をフライングさせたり(『鬼火』)、保険会社と提携して「ショック死保険」を観客に掛けたりと、映画を観せること以上に「観客をいかに驚かせ、楽しませるか」に命を懸けた奇才中の奇才。あのアルフレッド・ヒッチコックに『サイコ』を作らせるキッカケを与え、ロマン・ポランスキーの金字塔『ローズマリーの赤ちゃん』をプロデュースした超本人でもある。
そのキャッスルが、1977年の死を前に、人生最後に手掛けた遺作——それこそが本作『燃える昆虫軍団』なのだ!
原作はトーマス・ページが1973年に著したSF小説『ヘファエストスの災い(The Hephaestus Plague)』。ギリシャ神話の鍛冶と火の神「ヘファエストス」の名を冠したこの文学的かつ不穏な原作を、ページ自らとキャッスルが共同で脚色。監督に抜擢されたのは、後に『ジョーズ2』や『スーパーガール』、そしてクリスマス映画の金字塔(にして大爆死)『サンタクロース』を手掛けるフランス出身の匠、ジャンノット・シュワルツである。
だが、ここでキャッスルの「病的なまでのプロモーター魂」が猛威を振るう。 「ただのゴキブリ映画で終わらせてたまるか! 劇場に圧倒的なギミックを仕掛けるのだ!」
キャッスルが最初に目論んだアイデアはこうだ。 「観客の足元、座席の下に自動車のワイパーのようなブラシを取り付け、映画のクライマックスで一斉に作動させる。観客の足にワサワサと触れさせ、『ぎゃあああ! 足元にゴキブリが這い回っている!!』と錯覚させてパニックを起こすのだ!」
もはや映画興行というよりは嫌がらせの領域である。当然ながら、劇場主たちからは「客がパニックになって怪我をする」「座席が壊れる」「そもそも汚らしい」と一蹴され、全面拒否。
しかし、キャッスルはタダでは起きない。ワイパーがダメなら保険だ! キャッスルは即座に保険会社へ駆け込み、映画に登場する「巨大ゴキブリ」に100万ドルの生命保険(あるいは賠償保険)を賭けるという前代未聞のアクションをブチ上げたのである。100万ドル!? ゴキブリ一頭に!? この無意味かつ熱狂的な宣伝パフォーマンスこそ、キャッスルという男が映画に捧げた最期の愛の形であった。
さらに現場でも、キャッスルの「武勇伝」は炸裂する。 教授の妻キャリー役を演じた女優ジョアナ・マイルズは、重度のゴキブリ恐怖症であった。彼女は撮影前、泣きそうな顔で監督のシュワルツとキャッスルに訴えた。 「無理です! 私、ゴキブリだけは本当に駄目なんです! この撮影はできません!」
すると、プロデューサーのキャッスルは胸を張り、ニッコリ笑って言った。 「何を言っているんだいジョアナ、この子は大人しくて無害だよ。見ごらん、怖くなんてない!」 そう言って、キャッスルは本物のゴキブリを手にとって自分の腕の上に滑らせて見せた。
次の瞬間——
「アギャアアアッッ!!!」
なんとゴキブリはキャッスルの腕に強力な一噛みをブチ込み、プロデューサーは悲鳴を上げてのたうち回ったのである! 無害どころか凶暴そのもの! 結局、ジョアナ・マイルズの叫び声がリアルを極めているのは、演技でも何でもなく「マジで死ぬほど嫌がっている生々しい恐怖の叫び」なのだ。これぞB級映画の真骨頂、現場の血と汗と悲鳴が生み出した奇跡のリアリティと言えよう!
第2章:神罰の如き激震、そして「発火する黒い悪魔」の降臨
物語の幕開けは、カリフォルニアの田舎町にある静かな教会から始まる。 熱苦しい牧師が壇上で、神の憤怒と地獄の業火についてお説教を垂れている。 「若者たちの毛髪は伸び放題! 堕落した現代社会に神の裁きが下るのだ! お前たちが労働で得る給料袋、それこそが神からの接吻なのだ!!」
なんという極右的かつ資本主義的な説教だろうか。礼拝堂に集まった信者たちは「また始まったよ……」と辟易している。主人公の科学者ジェームズ・パーミター教授(ブラッドフォード・ディルマン)は、妻キャリーを教会に送ると、自分は信心深く整列することなくサッサと車で立ち去ってしまう。この「科学者は無神論者であり、神の領域を犯す存在である」という古典的なフラグ立てが、第一幕から完璧に機能しているのだ。
そして、牧師の説教が最高潮に達したその瞬間——ドカン!!
天地を揺るがす大地震が町を襲う! 劇場のスクリーンに映し出されるのは、崩れ落ちる天井、悲鳴を上げる信者たち、そして地面の裂け目。低予算映画ゆえに「壊れるのは教会の内装だけ」という極めてコンパクトな被害状況なのだが、演出の緊張感は抜群だ。
だが、真の恐怖は地震そのものではなかった。 地震によって、地殻の奥深くに生じた巨大な亀裂——そこは数億年もの間、人類の目に触れることなく遮断されていた「太古の暗黒世界」への扉であった。その地獄の亀裂から、のそのそと這い出てきたもの。それこそが、超巨大な漆黒の変異ゴキブリ群である!
このゴキブリ、ただのゴキブリではない。なんと「発火能力(ピロキネシス)」を身につけているのだ!
彼らは腹部にある特殊な触角、あるいは脚をサッサッと素早く摩擦させることで、バチバチッと激しい火花を散らす。そして周囲の可燃物に火をつけ、火災を発生させる! なぜ火を放つのか? それは彼らが地底の超高圧・超高温環境で進化し、「燃えカス(灰)」を主食としているからだ! 食料を調達するために、彼らは目につくものを片端から爆破し、燃やし尽くすのである!
ここからの被害の広がり方が、とにかく無軌道かつ爆笑必至なのだ。
まず、農家のトラックが爆発! 地裂から這い出たゴキブリたちがトラックの車体に群がり、足をサッサッと擦り合わせるやいなや、ピックアップトラックがドカンと大爆発! 乗っていた男たちは一瞬で黒焦げの炭と化す!
次に、悲劇の犠牲となるのは猫だ! 何にも知らずに「お、怪しい虫がいるにゃ」と近づいた哀れなニャンコ。ゴキブリが脚をバチバチやると、一瞬で猫がファイヤー!! 画面外で燃え上がる猫! 70年代パニック映画は容赦がない。『Beware! The Blob(怪物体ブロブの恐怖)』といい、なぜ70年代の映画はこうも猫をファイヤーさせたがるのか!
さらに、町じゅうで発生する謎の自然発火現象。 電話を受け取ろうとした女性の受話器からゴキブリが這い出し、彼女の耳元で足をバチバチ! 耳がファイヤー!! 悲鳴を上げて転げ回る女性!
そして特筆すべきは、パーミター教授の自宅である。 映画ファンならピンとくるかもしれない。パーミター教授の自宅としてロケ撮影(あるいはセット使用)されたあのキッチンの内装——何を隠そう、あの全米で大人気を博したホームコメディ『ゆかいなブレディ家(The Brady Bunch)』の撮影セットと全く同じ場所なのだ!
そう、『ゆかいなブレディ家』の爽やかで平和なあのキッチンで、巨大ゴキブリが脚を擦り合わせ、教授の妻キャリー(ジョアナ・マイルズ)の美しい髪の毛に燃え移り、頭部が大炎上するのである!!
ファイヤー!! 髪の毛が燃え上がるキャリー! 悲鳴と炎の中で狂乱する妻! 駆けつけるパーミター教授! だが時すでにおそし、最愛の妻はゴキブリの放火によって帰らぬ人となってしまったのだ……。
『ゆかいなブレディ家』の聖地で繰り広げられる頭部大炎上惨劇。このカオスすぎる映像美学! 観客は恐怖すべきなのか、笑うべきなのか、脳の処理速度が完全に麻痺させられる!!
第3章:虫撮りの神ケン・ミドルハムによる奇跡の超接写映像
ここで、本作を「単なるおバカB級映画」で終わらせない、映画工芸としての超重要人物について触れねばならない。
その男の名は、ケン・ミドルハム(Ken Middleham)。
映画史において「昆虫の撮影」と言えば、この男の右に出る者はいない。撮影監督ケン・ミドルハムは、1971年の伝説ドキュメンタリー『ヘルストロム・クロニクル(The Hellstrom Chronicle)』や、1974年の究極の昆虫知能SF『フェイズIV インセクト暴走(Phase IV)』において、昆虫たちのクローズアップ撮影を担当し、世界中を慄然とさせた超天才である。
本作『燃える昆虫軍団』においても、人間のドラマ部分をジャンノット・シュワルツ監督が撮影している一方で、昆虫たちの特撮・マクロ撮影シークエンスはすべてケン・ミドルハムが一任されていたのだ!
ミドルハムのカメラが捉えるゴキブリたちの映像は、本物の昆虫(主にマダガスカルオオゴキブリなど)と、特撮スタッフ(カロリー・フォガシーやフィル・コーリー)が作り上げた精巧なメカニック・ゴキブリを見事に融合させている。
超接写レンズで捉えられたゴキブリの漆黒の外骨格。 不気味に蠢く触角。 脚と脚が擦れ合い、実際にバチバチと激しい火花を散らす驚異の特撮カット!
画面いっぱいに広がるゴキブリの顔面クローズアップは、洗練された造形美すら感じさせ、観客の皮膚感覚に「ワサワサ感」を直接叩き込んでくる。映画前半のパニックシーンにおいて、このミドルハムによる昆虫映像の圧倒的な説得力があるからこそ、どれほどストーリーがアホらしくなろうとも、観客はスクリーンから目を逸らすことができないのだ!
第4章:崩壊する正気——マッドサイエンティスト爆誕の瞬間
物語は中盤、予期せぬ方向へと舵を切る。 通常のパニック映画であれば、ここから「町を守るために主人公がバルサン的な殺虫兵器を開発し、昆虫軍団と全面戦争を展開する」という展開になるはずだ。
ところが! 本作はそんなありきたりなパニック映画の王道をドブに投げ捨てる!
最愛の妻をゴキブリに殺されたジェームズ・パーミター教授(ブラッドフォード・ディルマン)。 普通なら復讐に燃えるか、悲しみに暮れるかだ。しかし、彼の脳内で何かが「プチッ」と弾け飛んだ。
教授は、捕獲したゴキブリを研究室のケージに入れ、じっと観察し始める。 そして、彼は衝撃的な科学的事実に気づくのだ。
「このゴキブリたちは……地底の超高圧環境で生きてきたため、地上のような低気圧環境では長く生存できない。放置しておけば、いずれ気圧差によって体が破裂し、繁殖することなく自然滅絶する……!」
そう、何もしなくても勝手に全滅するのである。人類の勝利だ! 万歳!
……で、終わるはずだった。
普通の人間にしてみれば「よかった、これで安心だ」で終わりである。しかし、狂気に取り憑かれたパーミター教授の思考回路は違った。
「滅絶する……? 冗談じゃない! こんなに素晴らしい、火を吐くパーフェクトな生命体が、このまま死んでたまるか!!」
なぜだあぁぁぁぁぁーーーーーーーッッ!!??
なぜそうなる!? なぜ滅びかけたキラーゴキブリを救おうとするのだパーミター教授!!
ここからのブラッドフォード・ディルマンの演技が本当に素晴らしい。 ディルマンといえば、70年代の映画で常に「自然の脅威」と戦い続けてきた男だ。後に『ピラニア』(1978)でピラニアと戦うおじさんとして有名になるが、本作における彼は「髭」を生やし始める。ファンの間で「クリッター戦術用バイオヒゲ」と称されるその不気味な髭を蓄えた瞬間、彼の目は完全に正気を失い、爛々と狂気の光を放ち始めるのだ!
教授は自らの生け簀(いけす)を作り、人里離れた人知れぬ田舎の小屋に引きこもる。 そして、恐ろしい実験に着手する。
「地上で生き残れないのなら……地上の普通のゴキブリ(チャバネゴキブリ等)と交配させればいいのだ! そうすれば、地上の気圧に耐えうる最強のハイブリッド・ファイヤー・ゴキブリが誕生する!!」
マッドサイエンティスト爆誕!!
マッドサイエンティスト映画は数あれど、「殺された妻の復讐」でもなく「世界征服」でもなく、「ただ単に凶暴な火吹きゴキブリを死なせたくないから交配させる」という、狂気のベクトルが完全に迷子になっている男はパーミター教授くらいのものだろう。
彼は交配実験を繰り返す。 普通のゴキブリと地底ゴキブリを同じケースに入れ、「さあ、愛し合いなさい!」とばかりに観察する。 だが、なかなか交配が進まない。焦った教授はどうしたか?
なんと教授は、水深の深い場所の圧力を再現するために「潜水ヘルメット(Diving Helmet)」を持ち出し、その中にゴキブリたちを閉じ込めて人工的な高圧環境を作り出すという、狂気のDIY実験を開始するのだ!!
潜水ヘルメットの中で蠢くゴキブリ! それを薄笑いを浮かべながら見つめるヒゲ面のパーミター教授! 画(え)面がシュールすぎる!!
映画の後半45分間、スケール感のある災害パニックは完全に姿を消す。 カメラが捉え続けるのは、ただただ山小屋に引きこもり、潜水ヘルメットのゴキブリと戯れ、ブツブツと独り言を呟きながらゴキブリのブリーディングに全情熱を傾けるブラッドフォード・ディルマンの姿だけである!
映画のジャンルが「パニック映画」から「一人暮らしのおじさんと昆虫のハートフル(狂気)育成ドキュメンタリー」へと完全に変貌を遂げた瞬間である!
第5章:超知能の目覚め——ゴキブリ、文字を認(したた)める!
パーミター教授の狂気のブリーディングは、悪魔のような成果を結実させる。 地上適応能力を獲得した「新種ハイブリッド・ゴキブリ」が誕生したのだ!
この新種ゴキブリは、従来の能力を遥かに凌駕していた。
地上の気圧に完璧に耐える。
翼を獲得し、バサバサと空を飛び回る!
発火能力がパワーアップし、より強力な火花を放つ!
そして……「人間を超える圧倒的な超知能」を獲得したのだ!!
もはや意味が分からない。ゴキブリとゴキブリを掛け合わせたら、なぜか知能が人間を超えてしまったのだ! ポケモンだってそこまで急激に進化しないぞ!
新種ゴキブリたちは、教授の研究室(山小屋)の壁をワサワサと這い回り始める。 そして、彼らは群れをなし、自らの体を使って壁の上に「文字」を作り出し始めたのだ!
そう、彼らはアルファベットを綴り、人間とコミニュケーションを図ろうとしたのである!
壁に並ぶゴキブリたち。 彼らが形作った文字——それは……
『WE LIVE』(我々は生きている)
『HEPHAESTUS』(ヘファエストス)
『PARMITER』(パーミター)
ぎゃあああああああああーーーーーーーッッ!!
ゴキブリが壁に自分の名前をスペリングしているのを見た瞬間のパーミター教授の顔! 驚愕と、歓喜と、恐れが混ざり合った狂気の表情!
「見たか! 彼らは知性を持っている! 私の名前を知っているのだ! 私を父と認めたのだ!!」
教授は歓喜のあまり、ゴキブリたちに向かって語りかけ始める。 そう、映画の冒頭で「野生のリスカワに向かってリス語で喋りかけていた」あのパーミター教授のコミュニケーション能力が、ついにゴキブリ相手にフル発揮されたのだ!
だが、ゴキブリたちの進化は教授の想像を遥かに超えていた。 彼らはもはや教授のペットでもなければ、実験対象でもなかった。彼らは「地球の新たな支配者」として、自らの意思で動き始めたのである。
研究室を訪問した友人や知人たちが、教授の異常な変貌に気づき、「ジェームズ、もうやめるんだ! 君はどうかしている!」と説得しようとする。だが、時すでにおそし。ゴキブリたちは邪魔者を容赦なく燃やし尽くす!
部屋の中で乱舞する空飛ぶ火吹きゴキブリ軍団! バサバサバサッ! 火花が飛び散り、服に火がつき、悲鳴を上げて転げ回る人間たち! 山小屋はあっという間に地獄の炎に包まれる!
第6章:地獄の黙示録——人類史に残る前衛的破滅ラストシーン
そして、物語はいよいよ映画史に永遠に刻まれるべき「神話的終末(クライマックス)」へと突入する。
己が作り出した怪物たちが、もはや人間の制御を完全に離れ、人類を滅ぼしかねない悪魔と化したことを悟ったパーミター教授。 彼はついに自らの過ちに気づく(遅すぎる!)。
「私が間違っていた……! こんな悪魔の生物を地上に解き放ってはいけなかったのだ!!」
教授は燃え上がる山小屋の中で、ゴキブリたちを道連れに自滅を決意する。 彼は手近な燃料を浴びせ、炎を燃え上がらせる!
だが、ゴキブリ軍団は引き下がらない。 飛翔する無数の火吹きゴキブリたちが、一斉にパーミター教授の体に飛びかかってくる!
バババババババッッ!!
教授の全身に群がり、脚を叩きつけて火花を散らすゴキブリたち! 教授の服が、髪が、皮膚が、激しい炎に包まれる!
全身が大炎上し、人間たいまつ(Human Torch)と化したブラッドフォード・ディルマン!!
炎に包まれながら、死の狂乱の中で叫び声を上げ、のたうち回る教授! その時である!
ズズズズズズズズズズズズズズズズッッ!!!!
突然、山小屋の床——いや、大地の底から、再び激しい大地震が発生するのだ!!
なぜ地震が!? 神の裁きか!? それとも地球の自浄作用か!? 映画は何も説明しない! ただ、大地が割れるのだ!
グラグラと激しく揺れる世界。山小屋の床が崩壊し、地底へと続く漆黒の巨大な底なし沼(クラック)が姿を現す!
全身を猛火に包まれ、「うあああああああ!」と絶叫するパーミター教授。 彼は、その地底の底なしの亀裂へと、真っ逆さまに落下していく!!
そして、ここからが本当の超現実(シュルレアリスム)だ!
教授が地底の奈落へと落ちていくと、壁に集まっていた何千、何万という新種ゴキブリ軍団が、まるで「父よ、どこへ行くのですか」と言わんばかりに、教授の後を追って一斉に地底の亀裂へとダイブを始めるのだ!!
バサバサバサバサッ!!
炎に包まれて落ちていく教授! その周りを舞い散る、炎を纏った漆黒のゴキブリたちの群れ! まるで、ルシファー※Please confirm whether it is animal fur. Animal fur products are in conflict with the Washington Treaty and cannot be shipped internationally. が天から地獄へと堕ちていく宗教画のような、圧倒的で幻想的な地獄絵図!
そして、教授とゴキブリ軍団が全員地底の闇へと呑み込まれたその瞬間——
ズシーン!!
開きっぱなしだった大地の亀裂が、まるで何事もなかったかのように、お行儀よくピッタリと閉じるのである!!
静寂。
あとに残されたのは、煙が静かに立ち込める無人の荒野だけ。
……完。
……って、デウス・エクス・マキナ(神の天罰)にも程があるだろーーーーーッッ!!!!
地震で始まって、ゴキブリが出てきて、ブリーディングして、文字書いて、燃えて、最後はまた地震が起きて地面が閉じて全部なかったことになりました!!??
なんという超展開! なんという投げっぱなしの神話的収束! 観終わったあとの観客の開いた口が塞がらない!「俺はいったい何を見せられたんだ……!?」という困惑と、あまりのバカバカしさと、どこか神聖すら感じる圧倒的な映像体験の余韻! これぞ、1970年代映画が生み出した奇跡の狂気なのだ!!
第7章:なぜ『燃える昆虫軍団』は愛され続けるのか
映画評論家たちや、IMDb、Letterboxdといった現代のレビューサイトにおいて、本作『燃える昆虫軍団』の評価は決して「名作」として高いわけではない。 「前半と後半で映画のジャンルが変わりすぎる」「登場人物の行動原理が意味不明」「脚本が破綻している」「シュワルツの演出が鈍重でシリアスすぎる」といった批評が並んでいる。
だが、それらはすべて正しいと同時に、この映画の真の魅力を何ひとつ捉えていない!
この映画の本質は、「製作者たちが自分たちのやっていることのバカバカしさに一切気づいておらず、どこまでも真面目に、大真面目に狂気を描いている」という点にある。
もし本作が、コメディとして作られていたらどうだったろう? 「火を吹くゴキブリだぞ〜、ウケるだろ?」というウケ狙いのスタンスで作られていたら、単なる消費されるバカ映画で終わっていたはずだ。
しかし、ウィリアム・キャッスルも、ジャンノット・シュワルツも、原作者のトーマス・ページも、そして主演のブラッドフォード・ディルマンも、全員が大マジだったのだ!
彼らは本気で「フランケンシュタインのテーマ」を現代の昆虫映画として再構築しようとした。 神の領域を犯した科学者が、自らの創造物によって破滅していくギリシャ悲劇を描こうとした。 だからこそ、セリフはどこまでも硬派で重厚であり、画面のトーンは鬱々とした暗闇に包まれ、音楽(チャールズ・フォックスによる不気味な電子音響)は観客の神経を酷使する。
この「内容の圧倒的バカバカしさ」と「スタッフ・キャストの圧倒的マジ度」の間に生じた巨大な落差——その断層から噴き出すマグマこそが、本作を時代を超えた「愛すべき超格闘怪作」たらしめているのだ!
70年代という、映画界が最も自由で、最もカオスで、予算と情熱が変な方向へ爆発していた黄金時代。 その時代の残り香をこれでもかと吸い込んだ『燃える昆虫軍団』。
観終わった後、あなたの部屋の壁の隅をチラリと見てほしい。 もしそこに、小さな黒い影が蠢いていたら……。 そして、その影がバチバチと小さな火花を散らし始めたら……。
あなたは叫ぶだろう。 「パーミター教授! あなたの子供たちが、ここにいます!!」と!
100万ドルの保険をかけられた一頭のゴキブリに捧ぐ、熱狂と爆笑の映画史的オマージュ。 『燃える昆虫軍団』万歳! ウィリアム・キャッスル万歳! 永遠に燃え上がれ、ファイヤー・ゴキブリたちよ!!